1960年、熊本県生まれ。筑波大学で農業経済学を専攻。「哲学は机の上ではなく生活の中にある」ことを学び、料理の世界で実践することを志す。27歳から3年間、滋賀県大津市の禅寺「月心寺」の村瀬明道尼のもとで修行。1992年、表参道に精進料理の店「月心居」を開く。2000年より1年間、「VOGUE JAPON」連載。2001年、毎日放送「情熱大陸」に出演、NHK朝の連続テレビ小説「ほんまもん」の料理監修を務める。同年ロンドンのVictoria and Albert Museum にて実演。2002年NHK・BS「中国料理4千年の奥義・精進料理」に出演。2003年6月にニューヨークとボストンのJapan Society にて講演。著書に「野菜は天才・SHOJIN」(文化出版局)がある。これまで「和樂」や「AERA」をはじめとする雑誌、The New York Times(米国)、The Sunday Times(英国)、The Japan Times、The Financial Times、Telegraph Magazine等に記事が掲載される。2007年12月、「月心居」閉店。2008年2月、「是食(ぜくう)キュリナリーインスティテュート」を立ち上げ、「21世紀は野菜の時代」と信じ、精進料理をとおして、野菜の素晴らしさや心身共に豊かな生活を提案するため、国内外で意欲的な活動を続けている。2009年4月から2013年3月まで京都造形芸術大学にて食藝プログラムの教鞭をとる。 |
一番後ろの方にも香りが届きましたか?これは今、胡麻をすっているんです。胡麻すりは、精進料理の一番基本的な作業です。ペースト状になるまで約1時間かかるのですが、私にとっては料理に向かう前の大事な精神統一で、お坊さんが朝早く座禅を組むのと同じことなんです。
私は27歳の時から3年間、月心尼:村瀬明道尼という方のもとで修行しましたが、このお寺ではお経をあげない、座禅も組まないかわりに、朝3時、4時から料理の仕込みを行います。師匠は右手右足が交通事故で不自由で左手一本でしたが、毎朝、2、3時間かけて胡麻をすっていらっしゃいました。私にとっては厳しい言葉より、この片手で胡麻をするお姿が一番心に残っています。
お寺というのはお茶、お花、庭、掛け軸、作法……すべての文化が集約された場所です。その真ん中に食があります。精進料理は鎌倉時代、平安時代からはじまり、曹洞宗の永平寺をお建てになった道元禅師が、中国で学び、持って来られ体系づけられました。
27歳で精進料理に出会ったばかりの当時は、無我夢中でこなすのが精一杯でしたが、今はこんなお宝を頂戴したことが嬉しくてしょうがありません。そして、このお宝をいかに世界の方に知っていただき根付かせるかが、私のミッションだと思っています。
私は1月から2カ月間、イベントでアメリカを回り600人以上の人たちに精進料理を召し上がっていただきましたが、本当に素晴らしい反応を頂きました。アメリカは国民の意識の中にも農業者をレスペクトする気持ちが強く、種類豊富なオーガニック野菜が売られているし、家庭から出る生ゴミも、コンポストを全部回収して近郊の農家の土に戻すといった活動が、もはやあたりまえになっています。
今回ご縁があって、アメリカでは非常に著名な料理人のアリス・ウォーターがプロデュースした授業を見学して参りました。公立小学校の中に料理教室と農園をつくり、2週間に1回、優秀な先生たちによって行われているのですが、子ども達が作物を植えるところから収穫、そして、料理までがプログラムに入っている素晴らしい授業です。日本も根本的な意識改革をすべきです。例えば、小学校に大きな食堂を作り、近所のお年寄りや子どもたちが食事を囲んで話や躾ができるようにするなど、学校を拠点に食が全ての真ん中にある地域の活性化を目指すことが理想的です。そして、校庭の隅っこや校舎の屋上を畑にして、子どもたちに野菜をつくらせれば、野菜嫌いもすぐ直るはずです。自分たちで作り、実は自ら育てられているという実感をすることが大事なのです。
食がずれると、全てがずれてきます。昔、囲炉裏は家の真ん中にあって、そこを囲んで家族団欒がありました。今ではキッチンが隅っこです。これも、食が意識から離れていく原因の一つではないでしょうか。
私は肉、魚を使わない料理を30年近く取り組んでいますが、今まで不自由と思ったことはありません。多くの方は、肉、魚をメインにメニューを考え始めるでしょう。しかし、肉、魚を外すことで逆に可能性が広がることを経験してほしいです。「精進」というのは工夫・努力するというのと同時に、今までのとらわれを捨てることなんです。
食事は栄養を摂るものと言いますが、私は「氣をいただく」と説明しています。気を整えるために食事があるのです。その大元は米です。最近の日本人は、米の恩恵を忘れがちですね。
養生学の世界では次の3つが大切です。1つめに土地のものを食べる「身土不二」。身体と土地は一体のものから始めないといけません。心からありがたいという気持ちに至ってこそです。2つめに「一物全体」。例えば大根の皮を剥いて実だけ食べても、大根を食べたことにならない。上の葉も下の根も全部食べることが大切です。そして3つめに「旬を食べる」。春に芽吹き、夏、花がついて実になり、秋、果菜類ができ、寒くなれば根が太って根菜類が出てくる。この自然界のルールに従って食べればいいだけです。それを、人間の都合でいいとこどりをしようというのは傲慢で危険な考えです。私達の方から自然に寄り添い、学ぶことから始めなければいけません。
食べ物だけではなく、調味料も大事です。量産のみを目的とした粗悪品が氾濫する中、丁寧に作られた本物の砂糖、本物の塩はミネラルたっぷりです。本物をもっと知ってください。
和食が世界無形文化遺産になりました。「和食ってなんですか?」この問いには簡単明瞭な答えがあります。和食は「水の料理」なんです。日本料理以外は油の料理。この違いをはっきり覚えておいてください。日本は世界の中でも類稀な水の豊かな土地です。だからこそ野菜もシャキッとおいしくなるし、ダシという文化が生まれるわけです。
逆に言えば、今のように油ばかり食べていると辛いはずです。もっと水を意識して料理をするのが大切だと思います。
最後に、精進料理の最も大事な形は?一汁一菜″です。三菜、四菜は必要なく、一菜で十分です。ご飯は玄米が理想的です。
そして、食べるのと同じく重要なのが1日に3回?出るもの″。訓読みで「大きな便り」、まさに60兆個の細胞からの便りです。食べ物というラブレターを体に送った返事が出てくるわけです。これをもっと意識しなければいけません。
自分の身体がどういう状態かを知るのに、医者に聞かないとわからない、血圧を計らないとわからないなどとんでもない。人には最低限、自分で状態がわかるシステムができているんです。大きな便り、小さな便り、ここに全てがあります。ぜひ、それらを意識して食べてください。腸は第二の脳といわれています。第二の脳を小さい時からきちんと育てて鍛えてあげてください。