生きる力を育む食事と 料理研究家 大原 千鶴 おおはら ちづる 氏 里山の自然に親しみながら育んでこられた和食の心得や美意識について、料理研究家であり3人の子育てを通じて培ってこられたご経験やお考えをもとに、子どもたちの生きる力を育む食事や、毎日の日常生活の中で感じた「食」と「人」のかかわりなどについてわかりやすくためになるお話を聴かせていただきます。 |
私が生まれ育った「美山荘」は山の中にあります。客室からの外の景色は緑に溢れています。前には川が流れて山の景色があって、自然の中で家のお手伝いをしながら育ちました。従業員20名ほどの賄い料理を小学校4年生のときからつくっていて、そうしたお手伝いを通じて、段取りをする、素材の組み合わせを考えるなど工夫することを覚えました。
料理をつくることを通じて、「おいしかったよ」と言われたことが支えになり、「料理は愛だ」と実感しました。料理に気持ちがこもってないとおいしくありません。その喜びを知ることができよかったと思います。また、山へ食材を採りに行くと、土を落とす、掃除をする、アクを抜く、茹でる作業を経て食べられるようになります。食べるということは本来、そうした手間も食べています。今の子どもさんたちは、それがあまり感じられないと思うのです。私の場合は山にいたことで、自分が摘んだ蕗の薹が料理になって変わっていくことの面白さそのものも学ばせてもらったと思います。旅館で人が常に出入りしていましたから、コミュニケーション能力も鍛えられました。世の中にはいろいろな人がいますが、どうすればうまく立ち回れるか。それを学ぶには、人とたくさんかかわることが大事じゃないか。そう感じた子ども時代でした。
何より学んだのは自然からです。例えば、雨が降ったら山から水蒸気が登って雲になって、それがいつしか雨になり、地下にしみこんだ雨水は地下水になって湧き出てきて…。そんな風に常に地球の水が循環しています。自分は自然物の一部だということを体感できます。自然災害があっても、それでも春になったら、そこから芽が出て木々は育って花が咲いて粛々と命が続いていく。人間も、そういう態勢でいないといけないな、といったことを感じさせてもらいました。
現在、京都市内の中心部に住んでいますが、子どもがまだ小さな頃には畑を借りて家庭菜園をやっていました。その当時は、収穫をすごく楽しそうに手伝ってくれていました。長男はプチトマトが嫌いなのですが、自分が育てたものは食べていました。
娘が幼稚園の時、年長さんの料理教室をやらせてもらったことがありました。6回の講座でしたが、子どもたちに一人づつ教えていきました。ご飯をお鍋で炊く、小さいおにぎりをつくる、卵焼きやイワシの蒲焼をつくる、イワシの首をとって手開きにして蒲焼にする、野菜のナムルとさつま汁、豚汁…。そうして6回分をつくってもらうということを行いました。保護者が参加すると、「危ない」「触ったらあかん」といったことになるので、子どもたちだけで開催しました。つくった後は自分たちで食べずに家に持って帰ってもらいました。お母さんたちに食べてもらったのです。褒めてもらうと、子どもたちも大喜びでした。参加者の女の子は、お母さんが風邪を引いて寝込んだ時に私の教室で習った卵焼きをつくってあげたそうです。お母さんが感動しておられました。
こんな風に、小さいときは自然に親しむ機会がたくさんあってよいのですが、大きくなればなるほど難しくなります。年に1回、大学で「食文化論」の講義を担当していますが、学生が100人か150人くらいいる中の半分が自宅通勤で半分が下宿です。「お料理つくっている人」と挙手させると、3人しか手を挙げません。今は、「食」が複雑になってきて何でも食べられる時代です。だからこそ、手にとるものの責任を自分で担わないといけないということを教えるためにも、小さい時からの「意識づけ」が大事ではないかなと思います。
「食育BOOK」中にも「食」を取り巻く問題が記されていますが、1965年には73%あった食糧自給率がこの50年で半分になっています。一方で「フードロス」の問題もあって、年間多くの食品が捨てられています。それも家庭からのものが多いのです。自分でつくって食べることが少ない「内食」、持って帰る「中食」、そして「調理食品」。それにはパッケージが必要になります。すると、保存期間を長くするために塩分が濃くなり、パッケージは海洋プラスチック問題や地球温暖化につながっていきます。この「つながっている」という意識は非常に大事です。問題意識を持つことで、「食」につなげていくことが大事なんじゃないかと思います。
「地産地消」が叫ばれていますが、せめて、「国産国消」で何とか「食」を賄っていけるようになれば、「耕作地放棄」などの有効利用にもつながります。よい循環が生まれて、それが食糧自給率をあげていく効果になるかなと思います。また、「暮らしに時間のゆとりがない」と6割の人が感じている世の中です。自分で山菜を採ってきて料理しろといっても無理があります。では、何ができるのか。それを、個人、個人が考えていくことが大事なのではないかなと思います。
私が子育てしている中で、ママ友とお話をしていると、「家庭での取組には格差があるな」と感じます。晩御飯を肉まんで済ませるところがあるかと思えば、しっかり手作りで料理をつくっておられるご家庭があるのが現状です。食育をしようにも、先生方は悩んでおられると思います。時間とお金と「食育」もばらつきがあり、格差があります。学校の先生方が「一様にしてください」といっても、すべてがうまくいくわけではありません。ただ、そんな中でも、今の若い方々には料理を持ち寄って一緒に食べようとする動きもあります。「つながりたい」と思っている人の中心に「食」があることが、私たちにとっては、せめてもの希望です。前へ進んでいけることではないかと思っています。
大阪ガスの「食育BOOK」については、「なんてよくできた本だろう」と思っています。学校の先生方に使っていただくだけでなく、保護者の方々に配付していただくだけでも効果があるんじゃないかなと思います。まずは食べることを好きになってもらい、興味を持ってもらうことが大事です。「できないし、無理だから、やめておこう」ではなく、「興味をもってもらう」ことが大事ではないでしょうか。
食べることは、「食」の中にある科学、自然環境、社会問題すべてにつながっています。そこに意識を向けてもらうためにも、社会問題の解決は簡単ではありませんが、自分でできる一歩は生活の中にあると思います。「食育BOOK」は、そこに意識を向けてもらうことに役立つかと思います。
お母さん方の中には、「給食があるし、ええねん」と、給食にすべてを任せて家で料理を疎かにしている方もおられます。そんな状況の中、先生方が感じていらっしゃるストレスは大変なものがあるのではと察します。それでも諦めることなく、希望ある未来をつくっていただきたいと思います。「食育は大事だ」「こういうふうにやっていけるかもしれない」と、諦めないで食育を行ってもらいたいと願っています。皆さまの思いを一つにして、「食育BOOK」を活用し小さなことから改善を考えていっていただければ幸いです。